親鸞に学ぶ幸福論

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やりたいことが見つからなくても焦らなくていい

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今年の年末は自粛モードで私も妻も帰省しないせいか、

やるべきルーティンワークが忙しいせいか、

いわゆる年末の感慨が全くなかったのですが、

先日イオンに買い物に行った際、

年末なんだなと体感しました。

 

【今日の仏語】は『出世本懐』の1回目です。


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大人は子供に「夢は何?」「夢はある?」と聞きます。

その時に「僕の夢は○○です」と口にすると、

「まだこんな小さいのにしっかりしているね」

と大人は目を細めるので、

子供は何かしらの答えを用意するようになります。

 

そんな時に「夢はない」「まだわからない」と口にすると

「しっかりしていない」とレッテル貼られそうで恥ずかしい気がして、

何か夢を持たないとダメなんだ、

と感じるようにもなります。

 

小学校の授業でも将来の夢の発表をする時間があります。

小学校高学年向けの道徳教材『心のノート』には

夢へのステップという題目があり、

夢の体現者としてイチロー選手が登場します。

 

成功者、著名人もたいてい若者に

「夢を持ってほしい」といいます。

そして「夢は必ず叶う」とも。

 

中学生、高校生になると「夢を持つ」に加えて

「今そのために何をしているか」が見られるようになり、

その行動を起こしている人は、

友人や異性から一目置かれるようになります。

ここでも「まだ夢は見つからない」となれば、残念がられます。

 

そのうち若者は夢が定まらない自分に

コンプレックスを感じるようになります。

また多くの若者が夢に向かって努力しているうちにも、

人生のどこかの時点で「叶えられないのではないか」と思うようになり、

またそもそも叶えたいという気持ちがあまりないことに気付いたり、

それでも「あきらめた」となれば「それだけの気持ちだったのか」と周りを失望させそうで、

その辺りでモヤモヤと苦しむ人が多くなります。

 

こんな悩みを抱える若者に私が言いたいのは、

「夢は持っていない自分にそんなに悩む必要はない」という提案です。

悩むあまり、安直に夢を決めなくてもいいし、

これは自分の夢と違うのではとなったら、

一度リセットして考え直したらいいということです。

夢を持っていない状態を恐れないこと。

むしろ夢を持つまでの間に、あれこれ悩む人のほうが、

まじめに自己と向き合っているともいえるのではないでしょうか。

 

私がそう言うのも、実はブッダ、お釈迦様と言われる方は、

そういう悩みをずっと抱えられて、少年時代、青年時代を送られた方だからです。

 

シッダルタ太子(のちのお釈迦さま)は

国の後継ぎとして生を受け、

周りは王として立派になるよう、英才教育を施しました。

特に太子が優秀だったこともあり、

数ある王の中でも「転輪王」という王の中の王になる人物だと

期待を一身に担うことになります。

 

まだ幼かったころはシッダルタ太子も

「ボクは転輪王になる」と夢を語り、

周りの大人を喜ばせたかもしれません。

しかし成長されるにつれ、

太子は何か深刻に物思いにふけられるようになっていきました。

 

王になること、

他国を征服して王の中の王になること、

そして名声と財宝を手に入れること、

それが何になる、

そんなことが幸せになれる道とも思わないし、

周りを幸せにさせる道とも思わない。

どうしたら崩れない、はっきりした幸せになれるのだろうか、と考え込まれるようになりました。

 

いつしか太子は、周りから将来の夢や希望を問われても

沈黙されるようになっていきました。

ずっと自分の将来の方角が定まらなかったのです。

 

シッダルタ太子が本当にやりたいこと、すべきことを決心せられ、

周りの期待を裏切る形で、ひそかに城を出られたのは29歳の時でした。

真摯に、長い間、悩み続けられたうえでの勇断でした。

その大いなる決断があったればこそ、

今の私たちの仏縁があることを感謝せずにいられません。

 

 

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