親鸞に学ぶ幸福論

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コーチングの一形態で「ハタモク」という交流の場が流行っているが、働く目的は究極的には・・

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大学生や社会人が集まって

「何のために働くのか、働く目的」を話し合う

「ハタモク」なる集まりが

メディアで取り上げられていました。

 

コーチングの一形態だと思うので、

その効果や信頼は今の情報だけではなんともいえませんが

「働く目的」というのは、古今東西変わらず、

多くの人が関心を持つテーマであることは間違いありません。

 

特に最近、非正規雇用の増加、ワーキングプア、

ネットカフェ難民、パワハラetc、働くことの過酷さも増し、

高度計財施長期のような、勤勉が報われる社会でもなくなり、

経済格差も広がってきており、

「なんで働いているんだろう」

は、口にしないまでも

多くの人の頭のどこかにある問いなのではないでしょうか。、

 

好きなことを仕事に選んだらいい、と言われますが、

好きなことをしていてお金が入ってくるほど世の中甘くない。

「ワクワクして好きなことして生きてます」と

ネットの世界で情報商材を販売する人がアピールするのは

彼らのビジネストークであって、本音ではないでしょう。

 

めったにないことですが、幸いにも

好きなことを仕事につけたとしても

いつまでそれを続けることができるでしょう。

 

いや、どんなに好きなことでも

仕事にしたら苦しくもなってくると言われます。

 

通訳にあこがれ、東京外語大を卒業し、

企業の通訳をしている先輩が在学中の後輩に

「通訳って、自分の思いを語ってはだめで、

 ただ機械みたいにお互いの会話の受け渡しをしているだけ。

 こんなつまらない仕事だったとは」

と語るそうです。

華やかで人からうらやましがられる人でも

外からはわからぬ憂苦を抱えているようです。

 

結局「働くということは苦しい」

この一行を書き換えることは難しいようです。

 

そうなると「何のために働くのか」とまた元に戻ってしまいます。

 

「そんなにまでして、何のために働くの?」
  ↓
「働かねば食べていけんやないか!」
   ↓
「じゃあ、何のために食べるの?」
   ↓
「食べるもの食べなきゃ 明日から元気に働けなくなるだろ!」

 確かに働かねば食べていけない。

 (働かざる者、食うべからず、ともいいます。)

 (いや、働かなくても一人前に食べていけるような財力があるならいいんだけど、

 なかなかそういうわけにはいかず)

もちろん食べなければ働けない。

 (仕事も身体が資本。健康でなければつとまりません。)

 働くのは⇒食べるため、

 食べるのは⇒働くため、

 働くのは、食べるため、

 食べるのは、働くため。

では、「働いて食べているのは何のため?!」

こう尋ねられてどんな答えが用意されているのでしょうか。

 

 『働いて食べていく』

この繰り返しの営みに

「忙しい、忙しい。」と

目を白黒させている人は少なくないのではないでしょうか。

 

 「忙しい」とは『心を亡くす』と書きます。

 【なぜ生きるのか?】

これは純粋にして、素朴な、そしてとっても人間らしい問いです。

 「忙しい」とは、この問いへの探求心を亡くしてしまうということでしょう。

 

あれこれ対応しているうちに矢のように月日だけが過ぎ去る。

 忙しい、忙しいと月曜日から金曜日までこなしてこなして、、、

 土日は気晴らしですぐまた月曜日。

 「あーあ、もう月曜日かぁ」

とまたこなしていく。

こんな一週間が4回続けば一ヶ月、

その一ヶ月が12回で一年。

 「あーあ、もう年始かぁ」

そんなこんなで10年20年と過ぎていく。

 

「働くのは何のため」という問いはそのまま

「生きるのは何のため」という哲学的な問いかけに通じるのです。
 
【いったい何のために生まれてきたのか】

 【なぜこんな人生、生きねばならないのか】

ときに静かにとどまって考えてみなければならないのではないでしょうか

 

 

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