感銘を受けたエピソードを紹介いたします。
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何年か前、友人達と一緒にファミリーレストランに入ったことがあった。
私を含めて七人だった。
メニューに「3ピース」で一皿の「鳥の手羽先」があった。
七人では分けられないので、私は3皿注文した。
すると注文を聞いていたウェイターが 「七個でも注文できますよ」と言った。
「コックに頼んでそうしてもらいますから。」
彼が料理を運んできたときに、友人の一人が彼にこう訊ねた。
「あなたはこの店でよくお客さんから、
『うちに来て働かないか』と誘われるでしょう。」
彼はちょっとびっくりして、「はい」と答えた。
「月に一度くらい、そう言われます。」
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こんな内容でした。
■履歴書片手に一生懸命、企業訪問を重ねて自己アピールしても
なかなか就職口が決まらない、
このこの就職難の時世に、この深夜レストランのウェイターは、
こちらから頭下げるでもないのに、「うちへ来て働かないか」と言われている。
気前のいい社長が大挙押しかけるレストランだから、ということではないでしょう。
この青年のしている、お客さんに対するささやかな心遣いを、
ほとんどのお客さんは「じゃあ、そうしてもらうか。」と言ったきり、
あとはウェィターのことは忘れて目の前の食事や会話に終始することでしょう。
誰からも注目されない単純な仕事にも、
ぼやいたり、くさったりすることなく、
常にお客さんの立場に立って「自分のできることは何か」という視点を持った、
この青年のことを決してほおっておかない慧眼の士が一ヶ月に一人くらいある、
ということを示す話ですね。
■東宝の創業者、小林一三(いちぞう)の言葉のもこんなのがあります。
“下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。
そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。”
■仕事や生活のなかで、
「どうしてオレがこんなことやんなきゃならんのだ」
「ワタシ、こんなとこにいる人間じゃないの、ホントは」
「いっつもオレにこんな仕事押し付けやがって」
なんて、言いたくなる気持ちは分かります。
そんなときこそ、この青年ウェイターの話し、
小林一三の言葉を思い出して、心の向きを変えていけたらな、と思います。
『自利利他』で、必ずや成功するでしょう。
■この『自利利他』の精神こそ、大乗仏教の大乗たる所以であり、
仏弟子が忘れてはならないことなのです。