親鸞に学ぶ幸福論

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すべての人が最優先して対策を立てなければならないことを教えられたブッダ

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【後生の一大事(1)】


「ひょっとしてあのメール、浮気じゃないかな」

「それはお前の杞憂だよ」

と使ったりする「杞憂」とは、

「無用の心配、取り越し苦労」を指す言葉です。

昔の中国、杞の国に、天が崩れ落ちるのではと心配した男が、

夜も眠れず、ご飯も食べられなくなり、

周りが、そんなことは起きないと重ねて諭し、やっと納得した

という故事に由来する言葉です。

 

つい先日もロンドンでテロがあり、

ヨーロッパでは人の集まる処へ出ていくのを自粛する人も多い

と報道されていますが、これは杞憂なのかどうか、

今の時期、ソウルに旅行に行くのは、これは杞憂なのかどうか。

いろいろ意見はありましょうが、

たとえ確率的には起きることであっても、

そのすべてを心配していたら、

一歩も行動できなくなってしまいますので、

確率が高いか低いか、検討した上で、

何に対策を立て、何には対策を立てないか、

選択していくしかない、といえましょう。

 

仏教では、万人が最も優先して対策を立てねばならないのは、

「私は死んだらどうなるか」の問題だと説かれます。

これを「後生の一大事」といいます。

 

各界がさまざまな問題を憂慮し、

多額の時間、労力、金銭を投じて対策を立てています。

ISのテロだったり、北朝鮮のミサイルだったり、

南海トラフだったり、がんだったり、飛行機事故だったり、

あるいは天が落ちるかも知れないということだったり。。

それらの諸問題に共通しているのは何か、と眺めてみると、

ぼおーっと浮かび上がってくるのが「死」です。

全人類の深刻な憂慮の本質に「死」が横たわっていることに

気付くでしょう。

 

しかも「死」は、確率100%。

「死んだらどうなるか」の憂いは、

「杞憂にすぎない」と言える人は誰もいません。

ぼちぼち対策を立てればいいとのんびりできる問題でもありません。

早ければ今晩かもしれないからです。

 

この「後生の一大事」に驚き、その盤石の対策を立て、

心からの安心を獲る教えが仏教です。

 

 

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