【瞋恚(1)】
怒っている相手に対応する際、大事なポイントがあります。
それは「こちらは怒らない」ということです。
相手が声を荒げるほど、こちらは静かな声で、
穏やかに応ずるのがよいのです。
2008年アメリカ大統領選挙での候補者のテレビ公開討論の際、
前オバマ大統領はジョン・マケインに失礼なことを言われるたびに
礼儀正しく返しました。
終了後、憤慨したマケインが握手を拒否した時も、オバマは寛大でした。
番組終了後の視聴者の好感度は歴然とした結果を示しました。
マケインの敗北はおそらくこの瞬間に決まった、と言われます。
怒っている相手に怒りで応酬するのは、
自分で「私はその人と似たもの同士、お似合いの相手ですよ」と周りにアピールしているようなものです。
怒りを怒りで返して得をすることは一つもありません。
自分の格を落とすだけです。
お釈迦さまは、怒りにまかせて罵ってきた男に
「私の前で悪口雑言ののしっても、私がそれを受けとらなければ、その悪口雑言はだれのものになるのか」
と穏やかな表情で静かに応じられています。
お釈迦さまの意外な対応にその男、
「いや、いくら受けとらなくとも、与えた以上は与えたのだ」
と虚勢の声を荒げる。
「いや、そういうのは与えたとは言えない」
「それなら、どういうのを受けとったといい、どういうのを受けとらないというのか」
「ののしられたとき、ののしり返し、怒りには怒りで報い、打てば打ち返す。闘いを挑めば闘い返す。
それらは与えたものを受けとったというのだ。
しかしその反対になんとも思わないものは、与えたといっても受けとったのではないのだ」
「それじゃあなたは、いくらののしられても、腹は立たないのか」
動揺隠せぬ男の言葉にお釈迦さまは、おごそかに、偈(うた)で答えられている。
「智恵ある者に怒りなし。よし吹く風荒くとも、心の中に波たたず。怒りに怒りをもって報いるは、げに愚かもののしわざなり」
「私は、ばか者でありました。どうぞ、お許しください」
男は、落涙平伏し、帰順した、とあります。
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