親鸞に学ぶ幸福論

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武将が仏門に入る理由とは

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三回にわたって、信長、秀吉、家康について

一人一人語ってきました。

彼ら三人の発想、才能、手腕、実力、根気など語れば

その卓越した姿にあらためて敬服するしかない、

そんな人たちなのですが、

こと仏教の観点から見ると、

今まで語ってきたような面が見えてきます。

今日はその総括としての内容になるかと思います。

 

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群雄割拠の戦国の世、覇を競った武将の中でも、

特に目立った三人の武将、信長、秀吉、家康を通して

話をしてきましたが、

彼らの臨終に「生まれてきてよかった」の会心の笑みは

感じられず、

「夏草や つわものどもが 夢の跡」

漠々たる寂寥があとに残ります。

 

一方、武門の虚しさを人生の道半ばで知らされ、

仏門に入った先達も数多くあります。

 

東武者、熊谷次郎直実は、

平家追討の一方の旗頭として活躍し、

頼朝からも「日本一の剛の者」と評されたほどの人でしたが、

平家を西国に追う馬首を一転、

法然上人のお弟子となり、

蓮生房と生まれ変わりました。

 

木曽義仲の参謀として名を馳せた覚明も、

親鸞聖人のお弟子、西仏房と新生しています。

 

頼朝の直臣であった、佐々木三郎盛綱が

親鸞聖人のお弟子となる際の心情が

吉川英治の小説に語られていますので、

一部抜粋していみましょう。

「武者の生涯ほど、一刻一刻が、真剣で血まみれなものはない。

五十余年は夢の間だった。

なんであんな血なまぐさい生涯を、獣のように働いてきたのか。

人を斬っておのれが生きる道としてきたか。

果たしてそれが、国家のため、民くさのためだったろうか」

「怖ろしい、浅ましい。

人は知らず、自分の腹の奥底を割ってみれば、

そこには華やかな武者の道があって、

ひたぶるに、君家のおんためという気持ちもあったが、

何よりも自分を猛く雄々しくさせていたものは、

領地や位階であった、出世の欲望だった」

「領地が何か、位階が何か 

あさましや、おれはこれで釣られて、一生を屠殺で送ってきた」

 

三郎盛綱は、今まで何をしてきたのか、という空虚感と

こんな者が一息切れたらどうなるのか、の不安な心に

驚いたのでしょう。

本当の幸福を求めて

親鸞聖人の元に馳せ参じています。

 

「大命まさに終わらんとして悔懼こもごも至る」

(大無量寿経

“臨終に、後悔と恐れが、代わる代わるおこってくる”

名だたる戦国の武将も、

例外ではなかったようです。

「難波のことも夢のまた夢」との秀吉の辞世の句からは

「なぜ心の底から満足できる幸せを求めなかったのか」

と後悔のため息が聞こえてくるようです。

 

財と権勢に囲まれた華やかさに心を奪われてしまい、

終幕の人生にならないと

気づかないことなのでしょう。

それを幸せなことに人生の道半ばで知らされ、

仏縁を結んだ武将の尊さが知らされます。

 

 

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