親鸞に学ぶ幸福論

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環境が変わっても、幸福感が得られない理由とは

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【相対の幸福(1)】

 

田舎の高校から東京へ皆で集団就職した昭和30~40年代は

日本全体が貧乏な時代でした。

カレーライスがたまに食べるご馳走だったと聞きますと、

確かに今は贅沢な時代だなと思います。

 


しかし見方を変えれば、経済格差が広がった現代の方が、

お金による苦しみは深刻になっているといえます。

あの頃は皆同じようなカレーライスを食べていたのに対して、

今は有機野菜や国産肉を使った本格的なカレーを

当たり前に子供に食べさせる家と、

食費をうかすために安い市販のカレールーで

作り置きして食べる家と分かれてきています。

水にしても、野菜にしても、

身体にいいものを口に入れようと思ったら、

やはりお金が要ります。

経済格差があらわに食生活の差になっている、

世知辛い時代だといえましょう。

 


食生活だけでなく、経済格差は

子供の教育格差にも現れます。

有名大学の進学率と親の収入は高い相関関係が見られます。

 


老後の生活への格差も指摘されます。

夫婦で海外旅行を楽しむ老後を過ごす人もあれば、

家でテレビを見るだけの年金暮らしという人もあり、

今後その差はますます大きくなっていくといわれます。

 


格差による「羨望」「嫉妬」「屈辱」など、

お金によって感じる不幸は

集団就職の時代より高まっているといえましょう。

 


これはある歴史学者が言っていたことですが、

科学が今後ますます発展して、あらゆる病気の治療法が確立され、

効果的なアンチエイジングや再生医療を可能にし、

いつまでも若くいられるようになる時代が到来したら、

「おそらくかつてないほどの怒りと不満を

人々は持つことになるだろう」

と予測しています。

新たな奇跡の治療法を受ける経済的な余裕のない人、

つまり人類の大部分は怒りに我を忘れるだろう、と言います。

その怒りとは

「貧しい俺たちは自分は死を免れないのに、

金持ちは永遠に若くて、美しい」

というもの。

どんなに食べるものや住むところが違っても、

若さや健康や寿命だけは貧富の差別なく、平等だと

自分を慰めていたのに、

その唯一平等なものまで貧富の差により差が出てくることに、

人々は不幸を感じるだろうとの指摘です。

科学の進歩は人間を豊かに、便利にしていきますが、

それがそのまま「人類の幸福」につながるとはいえないという

これも一つの例です。

 


ではなぜ科学や経済が発展しても人間は幸福になれないのでしょう。

その答えを仏教では、

「人間の感じる幸福は比較する“相対の幸福”だからだ」と説かれます。

比較の対象によって「まだましだ」と安心したり、感謝したり、

逆に「何で自分はこんな目に」と惨めに思ったり、

屈辱を感じたりする、それが人間の幸福感なのです。

 


だからどれだけ社会が豊かになっても、医療や科学が発達しても、

その社会で周りの人と比較して不満やイライラを募らせるのですから、

真の幸福、真の心の平安は得られないのです。

 


相対の幸福しか知らない私たちに、

絶対の幸福の厳存を示されたのが、親鸞聖人の教えです。

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